動物園で無償労働

ホームの外出先へ直行。自宅に近いのだ。
この動物園はヘルパー2級の研修実習の際にも遠足付き添いとして行った場所。そして、母親といつか行こうねと話していながら遂に行かなかった場所。思いフクザツ。

合流時間より1時間も早く着いた事と、直行だった事、介護職から離れた状況に馴れ始めていた事。諸々が相まって、気分はすっかり以前の仕事である「同行撮影」になっている。カメラバックこそ無いものの、フイルムや電池、機材の点検を体が覚えている。単なるスナップ写真なのに気合の入れ過ぎだと苦笑してみたり。
ワーカーの仕事の方が期間は長かったのに、身に付いているのは意欲満々な頃覚えた仕事なんだな。好きだったと云うのも理由の一つかもしれないが。

アルバムを作るわけでもないから気も楽だし暇なので、状況が許せば撮るかもしれない集合写真の場所探しでもしようかと車を出る。
観光バスが並んでいる。小学校の遠足が来ているのだ。何処の業者が同行してるのかなぁとぼんやり考えつつウロウロしていたら、係員の人に「業者の方ですか」と声を掛けられた。「いや、違います一般です」と答えたが、内心はちょっと嬉しかった。

さて。ホームの車が到着した。目の端にかすめただけなのに、「来たな」と思う前に体が動いていた。おぉお、すごいぞ自分。

参加入居者は3名で家族が2組。自分も含め、計9名。入居者は全て車椅子。道中が長いからだ。少々気温が低いので、皆さん完全装備だった。「雪山にでも行けそうだな」
動物と入居者をフレームに入れかったんだが、対面式だし手すりはあるし檻はあるしで2、3枚しか撮れなかった。入居者に振り向いてもらう事なんて不可能だし。
ついつい動物のショットも、とか、人物ばかりじゃ頁が組めないから遠景も、とか、バリエーションを考えてしまい苦笑する。今必要なのは入居者の表情だけなのに。
それでもトイレの場所と時刻を確認したり、動作を目で追ったり、集中力維持を促したり。まだ介護職っぽい事にも気を回せる自分がこそばゆかった。

ワーカーは2名も居るから段取りは配慮不要。彼らの取りこぼしを拾うだけで良い。
楽だー。なんて気楽なんだ。これでお金が貰えたらもっといいのにとムシの良い事を考えてしまった。

手すりに昇る他の客(子供)に「危ない、危ない」と声を掛け続け、「寒い」「早く行かないと」と1,2分で他所への移動を訴え、地の底から湧き上がる如しの笑い声で他客を怯えさせた入居者A氏。表情や行動はホームと大差無い。何処だろうが、誰と居ようが、常にマイペースなのだ。興味の対象は動物よりも子供の方だった。

動物や周囲の状況に関心を持ち、笑顔でジャーゴンを織り交ぜた会話をし、家族とのふれ合いもこなす入居者B氏。殆ど視力の無い目を凝らし、幻視と共に様々なものを見ながら自然な表情をみせてくれた。不穏の始まる逢魔が時売店で迎えたが、「ぬいぐるみと仲良し攻撃」で乗り越えた。
ジャーゴン話し言葉が流暢に出てくるものの、著しい錯誤や文法の誤りを伴っており、内容は意味不明〕

ワーカーの「象だよ」「見えます?」等の話し掛けには「そうですね」「はい」と従順な返答をするが質問の意味への理解は不明な入居者C氏。
始めは不安を訴えていたが途中から奥様を認識し、視界から外れると「どこ行っちゃうんだ此処に居ろよ」と呼び戻す事もあった。一時的ではあろうがレベルの回復が見られ、外出の効果は抜群であった。

車椅子で座りっきりだから冷えが心配だがB氏・C氏は自然な柔らかい表情が多くなり、体の緊張もなく言葉も多く、食事も進んだ。(A氏はいつでもどこでも当人なりの“自然”をキープ)
売店ではそれぞれ、各人なりの物を選んだ。
抱けるもの、ぶら下げられるもの、壁に貼る事が出来るもの。
どうやらお喜びのご様子。ぬいぐるみ系なんて子供だましと関心が薄いかと思っていたが。いやぁ、お子様ランチを年寄りが食べてもいいのと似てるんだな(違うだろ)。