夜勤明けの転倒

夜勤明けの申し送り時。
足の痛みが高じ歩行が困難になって前日から車椅子を使っていただいてた入居者A氏が転倒した。
時間的に、早番はお風呂の準備、夜勤明け・日勤は申し送りでフロアにいるのはパートさんが主。そしてその日はパートさんが薄く、風呂準備に取られていた。

車椅子を乗り越えようとしてバランスを崩したかは不明だが、職員が見つけた時には既に倒れ、頭と腰を打っていた。
頭部を打っている事もあり、3人がかりでストレッチャーへ。
看護師が受診で不在だった為、残っていた宿直の看護師に来てもらう。救急対応。病院搬送。結果は背骨の圧迫骨折と大腿骨頚部単純骨折。

該当職員の緊急会議が開かれた。
○A氏は車椅子に対する認識が無い
○立ち上がる可能性は充分考えられた
○介助無しの歩行が転倒に直結するのは明白だった
○転倒時、フロアに介助者が不在だった

明けである自分が、早番に対し、A氏の状態に関する送りが不充分であった為の事故であると。
「一分一秒でも目を離すなと伝えたか?」
新ユニットリーダーKに言われた。
さすがにそこまでの送りはしなかった。
現状をかいつまんで話し、あの歩行不安定さは尋常では無いから、受診に行ったほうが良いかもしれない。
その程度の送りをしただけだった。
勿論、夜間の状態はケース記録に落としており、早番は目を通すのが職務ではあったものの、自分から直接早番に詳細を伝え直したわけでは無かった。

「一人になったら立ち上がると思わなかった?」
フロアリーダーTに尋ねられ、思っていなかったと答えた。
「立ち上がるから、目を離さないで下さい」
その一言が足りなかった。“立ち上が”と云う認識が無かったのは事実だ。だから、そう答えた。
立ち上がったら危険だなと思ってはいたが、パートにも早番にも状態を伝え、勤務時間が終わる事もあり、送りに出た時点で、自分の手からは離れたと安心してしまった。
結局、最終的な送りを怠ったことになる。

「俺だって、転倒はさせたよ。事故もある。でもな、その度にすごく反省して、もうするまいと心に誓うんだよ」
Kは言う。
誰だってそうだ。と言いたかった。自分だってそうだと。「あーあ、ま、仕方ないか」なんて思っちゃいない。
Tが言う。
「転んだのは本人の所為?座っててねって言ったのに言う事を聞かなかった本人が悪いの?」
…そんな事誰も言っちゃいない。
「違うよね?介助者の責任だよね?ここはそういう処なんだから。だから私達が居るんでしょ?」
そう思ってない奴が居るか?
「こちらのミスでも、謝りに行くのは課長であり相談員だよね。私はリーダーとして、自分の教え方、注意が足りなかったんだって重く受け止めてる。誰の所為とかじゃ無く、皆の所為だよ」
Tが続けた。
Kは言う。
「確かにチームワークだけれども、俺は個人の責任も追及したい」
されるべきは自分だという事だろう。それに異論は無い。今回の事故に対しての責任は自分にある。
しかし追求して何を望む?
反省していると繰り返せばいいのか?取り返しのつかない事だと理解していないと言いたいのか?
「Bさん(A氏の仲良し)は泣いてたよ。俺は見ていられなかった」
そんな事はわかってる。だからこそ宥め、安心させようと声を掛け、看護婦が診てくれてる処を見てもらい説明し、しばらく後に引き離したさ。気分を変えてもらおうとしたんだ。貴方は見聞きしていなかっただろうがな。
自分が処置対応の時に終始傍に付いていなかったのは、人員も充分だったし、あまりにも大勢の人間が一人を取り囲んでどたばたしていたら他の入居者に影響が出ると思ったからだ。責任を感じていなかったからじゃ無い。
笑顔だった事が不服か?心配顔を他の入居者に見せてどうするんだ。

職員の不注意が入居者の余生を狂わせる。命を預かっている仕事。
意識が低すぎる。認識が甘すぎる。
もっと真剣に取り組んで欲しい。
防げない事故は無いとは言わない。でも介助者の動きや心の持ち方で、減らす事は出来る。全ての可能性を頭に置いて動くべきだ。
とTは話す。
退所する時、家族から感謝の訪問があった際、対象として上がった名前は課長であり相談員であり看護師だった。その名前の中にワーカーの名が無かったと。直接世話してるのは私達なのに悔しかったと。絶対自分の名前を言わせてやると云うプライドを持って欲しいと。

プライド。自分は感じた事が無い。仕事を追うのに精一杯で、プライドを根底に出来るほど深く関わってはいない。どこにそれを持つかなんて、考えた事も無かった。

意識。認識。
基準は判らない。でも改めなければな。と思う。
折れた骨は元に戻らない。痛みも不便も引き受けられない。
自分がすべきなのは、それ以上辛くならないように留める事。不便を少なくする事。新しい楽しみを付加する事。
介助側には「次からは」「今後は」があるけれど、入居者には無い。それを再確認する事。
そして記憶力に問題がある自分に限って云えば、

「それを忘れない事」