痴呆があるということ、無いということ
今日は運動会だったわけです。
前に勤めてた施設の目と鼻の先だから、
帰りに行ってみようかなぁと思ってるわけです。
入居者もワーカーも、かなり面子が変わってるだろうなー。
もう移乗や介助、出来ないだろうな。
でも行っちゃうの。遊びに。
下手に盛り上げて、不穏の元を作らないようにしないとね。
始まる前に自前のボールペンをどこかにすっ飛ばしちゃって、
PTA受付でお借りしたらば、
「これどうぞー」って記念品用の4色ボールペンを戴いてしまいました。
学校名入り。
嬉しい。
学校の運動会って、敬老席ってのがあるじゃない?
んで、近くに老人ホームなんかがあると、
生徒が招待状送ったりして呼ぶわけですよ。
上記のようなわけなので、その施設も対象になるんです。
勤めてた頃は、入居者と行ったりしたし。
ぶっちゃけ面倒だったんですけどね。車椅子汚れるし。
んで、「今年も来るかな。誰が来るかな。」なんてちょっと楽しみにしてたの。
天候悪かったから、来ないかなーなんて思ったりして。
(結局、私の居たエリアの入居者は来なかったんですけどね)
で、ちょこちょこ敬老席を遠目で見てたわけ。
そしたら!
施設在籍時の上司の姿が!
思わず手を振っちゃいましたよ。上司なのに。するなら会釈だろ。
だって遠かったんだもん。
嬉しかったぁ。
んで、ホクホクしながらパタパタと撮影してて、合間に観客席の方に引っ込んだらば。
「○○さん!」って、私を呼ぶ声が。
なんと、施設のパートさん二人だったんですよ。
お子さんが在学してるのね。
覚えててくれた。
声掛けてくれた。
「仕事してるんだね。がんばってるんだね。良かったぁ。」って言ってくれた。
涙出るくらい嬉しかった。
んで、そのパートさんの一人の旦那さんが、
私にボールペンを下さった人でしたとさ。
(終了後に改めて挨拶しちゃいましたよ)
撮影するのは6年生がメインだから、他の学年の演目の時はちょっと暇だったりするのね。
で、そのパートさん達と立ち話しをして。
私 「入居のメンバー変わりました?」(新しい人が来てる=誰かが逝った)
パート「○○さん逝ったの知ってる?」「◇◇さんは復活したよ」「ショートステイで来た人が、2日目でいきなりだったよ」
とか。
職員の移動があったり、パートさんが大量に辞めたりで、
人が足りない。ワーカー間の連携が不足してる。等、いろんな話が聞けた。
その中で、痴呆棟でありながら、唯一痴呆の無い、障害者枠で入ってる人の話になってさ。
「とうとう残ってた側の手も動かなくなってね。食事は半介助。排泄は全介助になってさ。すっごい落ち込んでる。」
「もう死にたいってこぼしてる。この前なんて、『あなた達なんかに私の気持ちはわからないわよ!』って言ってた。」
・・・あうあー。そりゃキツかろう。頭がしっかりしてる分、自分は他の人達とは違うんだ。ってプライドの高い人だったからなぁ。
自分から介助依頼を言い出せず、自立援護って事で介助控えめにしてたから、
「みんなは何でもやってもらってるのに、私は放って置かれる。」って愚痴ってたもんなぁ。
「今日、これ(運動会)が終わったら行ってみたら。」
ってパートさんが。
「私達だと、『出来る範囲は自分でやろう。動くうちは動かそう』って言うしかないからね。」
って。
さて難しい。ヘタに慰められないし。無責任過ぎること言えないし。
何よりも、その人に私を受け入れらる余裕があるかどうか。
なんて言えばいいんだよぅ。
と思いつつ、撮影モードに切り替えたのでした。
んでもって。
概ね恙無く行事終了。
帰り際にパートさんと再会できて。
「私が行っても大丈夫ですかねぇ」な話をし。
「取り合えず行ってみたら」って事で行く事に。
気分屋さんだから、余計な波風立てるようなら会わずに帰ろうと思ってさ。
勤務のワーカーに挨拶がてら様子を聞いたら、
「今日はちょっとはマシみたい。(会っても)大丈夫なんじゃないかな?」って事だったんで、
恐る恐る居室をノック。
顔出したら笑顔で迎えてくれて。
簡単に経緯を説明して、
「どんな顔して入ろうか、考えちゃったよ。」って言ってみた。
「一緒にタバコ吸えなくなっちゃった」
「なんでよ、吸いに行こうよ。(車椅子に)乗るの手伝うから」
「ダメ。落っことしちゃうもん。ライター弾けないし。」
「そんなの私がやるよ。姉御、どうぞ。ってw 火の付いた方を口に付けちゃったりしてなw」
てな冗談も言える感じ。
想像してたより、腕も指も動く。関節は滑らかだし、力も残ってる。
でも、
「感覚が無くなっちゃった」
と。
触感や、温度が解らなくなったと。
利き手が麻痺した時に、カッターで切り刻んだ痕を撫でる。
「もうダメ。私」を繰り返す。
まだ切り替えが出来てない、今が一番辛い時期なんだろうと思う。
リバビリは辛かったと話していたっけ。
もうあんな思いしたくない。だから、こっちの手だけは守りたい。
そう言ってたっけな。
その手も思うように動かなくなった。
「もういいの」とも言いたくなるよな。
87歳。
他人の私が、これからまだまだ。とは言えない。
可能性に掛けるには、時間が足りない。
「絶対元に戻る。って言うなら、リハビリでも何でもするけどさ。」
私には言葉が見つからなかった。
ただ、「そっかぁ」って言いながら足をさすってた。
「住んでた家に帰りたいって言ってみたんだけどさ、駄目だって。」
死を視野に入れてるんだろうな、きっと。
(つかね、家に帰っても介助者が居ないってばよ)
「一日や二日の外泊ならイケるんじゃね?」
「・・・・」
「それじゃイヤか」
「うん」
「一ヶ月とか、そのくらいは居たいか」
「うん」
「だよなぁ」
「・・・もういいの。駄目って言われたら駄目なんだから」
「背骨や頭の痛みは?」
「それは無いよ」
「なら儲けもんじゃん。リウマチは無いでしょ?」
「あぁ、◇◇さんみたいなやつね」
「そうそう」
「今度さ、食事後くらいに来るよ。そうすりゃそのまま喫煙所行けるし」
「また来てね」
「お、嬉しいねぇ。来るよ。今年中には必ず来る。風邪もらうなよ?余計なもん食らってる場合じゃないんだから」
「うん」
「なんか美味しいもん持ってくるさ。何がいい?」
「シュークリーム(笑)」
「よし、まかしとけ」
テレビを見て笑い合いながら時計を気にしておく。
「居室に長居はするな。どんなにレベルの高い入居者でも、15分が限界。」
在職時、先輩ワーカーに教わった言葉。
「遠慮しないで、コール押しなよ?その為に皆が居るんだから。
引き寄せて逆さに立てて体重かければ鳴るから。壊したって代えはあるんだからさ」
そうだね。と笑ってたけど、・・・・押さないんだろうな、きっと。
気落ちのあまり、食事を摂らないんだそうだ。
お気に入りの陶器カップも、重くて自力じゃ保持できないからプラスチックのものに変わったらしい。
着道楽だったのに着脱も要介助になり、着たい服も満足に選べない。
さぞかしもどかしい事だろうと思う。
「ハサミが使えないの」「手すりが持てないの」
力が入ってる。って実感が無いなら、そりゃ怖いわな。
負けんなよ。って言いたかった。
この際、介助に甘えちゃえよ。って言いたかった。
でもまだ、それを言える時期じゃないんだと思った。
こと施設の入居者に関しては、
「生きててナンボ」とは言えない。
生きてたら何か良い事があるか。
その保障ないし。
もうワーカーじゃないから、提案もできない。
「良いこと」実現を常時考えていられない。
でも、
「何かするなら生きてる内に」だとは思うんだ。
ワーカーじゃないから出来る事って有るし。
(いざとなったら居室の窓全開にして、室内喫煙とかね。私は煙を仰ぐ役。
この際、御法度のアルコールもいいじゃない。発泡酒で乾杯とかさ。
外出は現職ワーカー同伴が必須なんだよなぁ。私自身も不安ですけどね。)
同区内で撮影が有ったら、帰りに会いに行こう。
私は「外の風」になら成れる。
それが悪影響にならない間は、それになろう。
飯食え。死ぬな。
私が寂しいじゃないか。
廊下に出たら、私の顔を覚えててくれてる入居者が椅子に座ってた。
「あら、久しぶりねぇ」
いつも言われる。在職中も言われてた。
「ぃよーぅ。ちょっとポッチャリしたんでない?」
「食っちゃ寝、食っちゃ寝だからねぇ。」
「風邪引いてないかい」
「元気元気」
「そりゃぁなによりだ」
「仕事がんばってる?」
「おぅよ。今日も一仕事してきたさー」
「お子さん居るから大変でしょう」
「いゃぁ、まだまだ一人もんでさ、気楽なもんよ」
「あらそうなの。結婚してなかったっけ」
「うん。貰い手が無いのよー」
「あらそうなの。旦那さんは何してる人だっけ」
「んーと、鉄工所でなんかやってるよ」
「あらそうなの。二人だけだと寂しいでしょう」
「んだねー。だからここに来て遊んでもらってる」
「私の部屋知ってる?今度いらっしゃいよ」
「覚えてるよー。引っ越してないんだ?」
「そう、ずっと同じところだから」
「今度是非寄らして貰うよ。」
「お子さんも連れていらっしゃい。私、子供好きだから」
「うん、ありがとー。そうさせてもらうね」
会話が成り立っているのです。